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【2024OMF特別寄稿】サイトウ・キネン・オーケストラとブラームス

2024セイジ・オザワ 松本フェスティバルのオーケストラ コンサート BプログラムCプログラムでアンドリス・ネルソンスとサイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)が演奏する、ブラームスの交響曲全曲。SKOにとっては、1980年代から始まった初期の海外ツアーでその全曲を取り上げ、草創期にその方向性を決定づけた最も大切なレパートリーであるといっても過言ではありません。その歴史を振り返りつつ、今回初となる全曲演奏への期待を、音楽評論家の東条碩夫氏にご寄稿いただきました。


東条碩夫(音楽評論家)

 アンドリス・ネルソンス氏がサイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)を指揮して、ブラームスの交響曲全4曲を連続演奏する。またとないプログラムだ。
 前身の「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」(SKF)時代も含めた「セイジ・オザワ 松本フェスティバル」(OMF)において、一人の作曲家の全交響曲が単年度の中で連続演奏されるのは、これが初めてになる。そしてまた、ブラームスの交響曲のうち、「第3番」と「第4番」がフェスティバルの中で演奏されるのも、これが最初である。
 そうは言っても、小澤征爾さんとSKOの演奏によるブラームスの交響曲は、4曲ともフィリップス・レーベルからCDで発売されたことがあるではないか? いや、あれはすべて、フェスティバルが発足する以前の録音だったのだ。

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 思い起こすのは、1992年の初秋、SKFが華々しく旗揚げされた年のこと。松本駅に降り立ち、駅前広場に出た時に、まず耳に飛び込んで来たのは、広場の中央に立つポールのスピーカーから流れる、小澤&SKOの演奏するブラームスの「第4交響曲」だった。そして見渡す限り、街中に揺れているあのSKFのフラッグ。松本市全体が興奮に沸き立っているような感があった。

 そして夜の長野県松本文化会館では、いよいよ開幕演奏会が行なわれた。即位されて間もない天皇・皇后両陛下(現・上皇ご夫妻)を2階席正面に迎え、小澤&SKOが演奏したのは、委嘱作品である武満徹氏の「セレモニアル」(笙のソロは宮田まゆみさん)と、チャイコフスキーの「弦楽セレナード」、そしてブラームスの「交響曲第1番」であった。
 あのブラームスでの吹き上がる熱気にあふれた演奏を、どうして忘れられるだろう。それは、内外から参集した腕利きの楽員からなるサイトウ・キネン・オーケストラという楽団の本領を、われわれ日本の聴衆が初めて現実に知った瞬間━━といっていいかもしれなかった。両端楽章での劇的で嵐のような推進力、中間2楽章での瑞々しい活力に富んだ叙情美。技術力の面でも、音楽のパワーと勢いと量感などの面でも、日本のオーケストラとしてはたしかに一頭地を抜いた存在であろう、と筆者は当日の日記に書きこんだ。

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1992サイトウ・キネン・フェスティバル松本
1992年9月5日、13日 長野県松本文化会館(現キッセイ文化ホール)

 SKF/OMFにおける小澤征爾&SKOのレパートリーの中で、ベートーヴェンの交響曲は中心的な存在となっていたが、それ以前に活発に行なわれていた外国への演奏旅行では、むしろブラームスの交響曲のほうが重要な位置を占めていたのである。
 例えば、1987年9月に独、墺、英、仏へ行なわれたツアーでは、「第1番」が取り上げられていた。そして1989年9月のウィーン、ミュンヘンなどへの訪問では「第4番」が選ばれ、この時、1516日にベルリンのイエス・キリスト教会でレコーディングが行われた。
 その後1990年8月のザルツブルク祝祭やロンドンのプロムス音楽祭などへのツアーでは再び「第1番」が演奏され、1415日にベルリンのシャウスピールハウス(現コンツェルトハウス)でCD録音が行われた。また、1991年9月のロンドンやニューヨークへのツアーで取り上げられたのが「第2番」と「第3番」で、その2曲は、オランダのナイメヘンで1820日にレコーディングされている。
 この頃の小澤&SKOは、いずれも火の玉のような勢いに満ちた熱演が特徴で、そのパワフルな演奏は欧州の聴衆を驚かせたと伝えられる。1992年のSKFの記念すべき開幕を飾った「第1番」の快演も、その流れの中にあったと言えよう。

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サイトウ・キネン・オーケストラ ヨーロッパツアー1989
1989年9月11日 ウィーン コンツェルトハウス

 開幕年の「第1番」のあと、SKFのプログラムにブラームスの交響曲が登場したのは、なんとそれから17年も経ってからのことだった。
 その2009年に取り上げられたのは「第2番」だったが、その頃には、小澤&SKOの初期の頃のような猛烈型の演奏はすでに影を潜め、もっとしなやかな、音楽をじっくりと歌い上げるようなアプローチになっていた。第3楽章の弦の歌などには昔ながらの厚い響きが残っていたものの、それももう、ささやくような柔らかい音色の方が際立っていた。第4楽章はまさにSKOの威力を発揮した演奏だったが、かつてのように威圧的な表情になることは、もうなかった。それは、小澤&SKOの変貌をまざまざと感じさせる演奏だったのである。
 この「第2番」が、残念なことに、小澤総監督のもとで、松本で聴けたブラームスの交響曲の最後のものになってしまったことは周知のとおりである。2010年には「第1番」が、2015年と2016年には「第4番」が演奏されると予告されたが、いずれも実現しなかった(2010年は下野竜也さんが指揮している)。小澤さんがもし元気であったなら、必ずや新しいブラームスの交響曲ツィクルスを松本で完成させてくれたであろう。それを思えば、痛恨の極みである。ただ、201012月に行われたカーネギーホール公演では予定通り「第1番」が小澤さんの指揮で演奏され、デッカ・レーベルにライヴ録音もされて発売されたことが、一応の救いであった。

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2010サイトウ・キネン・オーケストラ ニューヨーク公演at JapanNYC
2010年12月18日 カーネギーホール スターン・オーディトリウム

 こうしたSKF/OMFとSKOのブラームス演奏史の中に登場するのが、今年のネルソンス氏の指揮によるツィクルスなのである。一昨年11月に彼が来松して指揮したマーラーの「交響曲第9番」をご記憶の方も多かろう。あの第4楽章、弦楽器群が総力を挙げて演奏した長大な主題における豊麗な和声の美! 
 彼とSKOの相性の良さは充分と思われる。今年のブラームスが、小澤征爾総監督の遺志を継ぐこのフェスティバルの、その新たな輝かしい第一歩となりますように。

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2022セイジ・オザワ 松本フェスティバル
2022年11月25日 キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)

公演写真:
サイトウ・キネン・フェスティバル松本/セイジ・オザワ 松本フェスティバル
大窪道治

関連公演

オーケストラ コンサート Bプログラム

2024年8月16日(金)、17日(土) キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)
指揮:アンドリス・ネルソンス
演奏:サイトウ・キネン・オーケストラ

オーケストラ コンサート Cプログラム

2024年8月21日(水)、22日(木) キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)
指揮:アンドリス・ネルソンス
演奏:サイトウ・キネン・オーケストラ