Interview
インタビュー

工藤すみれさん(チェロ)

現在、ニューヨーク・フィルハーモニックでご活躍中のチェリスト工藤すみれさん。高校生の時に出会った小澤総監督の思い出から、全員がSKOメンバーで結成されたヴェリタス弦楽四重奏団結成秘話、そして2021年のフェスティバルでご出演いただく公演についてお話しくださいました!

工藤すみれさん

先生の考えていることが小指のちょっとした動きで伝わる
というのを経験してびっくりしたんです。

―ニューヨークは今どのような感じですか? (インタビュー収録は6月)

先週はじめて、かなり普通の状態での野外コンサートをすることができました。ニューヨーク内の公園で行われる毎年恒例の野外コンサートがあるのですが、(去年は全公演キャンセルでしたが)ブライアントパークという公園でコンサートができました。会場を囲い、200~300人くらいのお客さんを入れました。ワクチンを受けた人は証明書を見せれば入場可。そうでない人でも、その場で簡易テストをすれば入場できました。マスク無しで演奏しましたね。だんだん前に進んでいるなと感じています。

―工藤さんの音楽歴をおうかがいさせてください。4歳の時にチェリストのお父様からチェロを習い始めたんですね。

実は、娘にもチェロをやらせるのは父親としての責任が重すぎると言って最初はヴァイオリンをやらせようとしたそうなのですが、私のやる気が全くなかった(笑)。私はあまり覚えていないのですが、ヴァイオリンを色々と教えても、頑としてチェロのように(足に挟んで)構えて弾いたりしていたそうなんです。諦めた父親は、4歳の誕生日に一番小さいチェロを買ってくれました。父親が家でもチェロを弾いていたから、なぜ自分はヴァイオリンを弾かなきゃいけないのかに納得がいかなかったみたいです(笑)
チェロだけではなく、ソルフェージュや歌も大事というのを父親が知っていたので、桐朋学園の「子どものための音楽教室」で"音1"という一番小さい子のためのクラスに入っていました。"音1"から"音5"くらいまではチェロ科がなく、ピアノ科かヴァイオリン科しかなかったので、私はピアノ科に入りました。副科として、小学校1年生の時から井上頼豊先生にチェロを教えていただきました。井上先生は齋藤秀雄先生の最初のお弟子さんくらいの世代で、ずっと桐朋で教えていらっしゃり、SKOの大先輩である古川展生さんや山本裕康さんも井上門下です。彼らが大学生のころに私は小学生で、先輩方のすごい演奏を年に1回の発表会で聴いて圧倒されていました。

―チェロを続けられた楽しさは何だったのでしょう?

私はずっとオーケストラが楽しいと思っていました。「子どものための音楽教室」には4~5年生くらいから弦楽合奏のクラスがあって、そこで黒岩英臣先生に指揮していただいてやったアンサンブルがとっても楽しかったんです。

―工藤さんは「若い人のための『サイトウ・キネン室内楽勉強会』」(注1)が始まった最初の年(1996年)にご参加されました。どんな経緯で入られたのですか?

勉強会開催第1回目の時で、私は高校生でした。参加の経緯は覚えていなくて...。確か、ヴァイオリンの泉原隆志君とか、同い年でよく室内楽をしていた友人が参加するというので自分も参加したいと思ったんじゃなかったかな。ミュージック・キャンプみたいなのに憧れていたので、奥志賀は理想の地だと感じたのは覚えています。
ハッキリと覚えているのは、小澤先生の指揮でバルトークの弦楽合奏の曲を弾いたこと。小澤さんの指揮で演奏したのは、多分その時が初めてでした。

―いかがでしたか?

もちろん小澤先生はとても有名なレジェンドでしたから、そういう方と認識して対面していたけれど、それ以上に、先生の考えていることが小指のちょっとした動きで伝わるというのを経験してびっくりしたんです。「なんで(あの動きで)分かるんだろう!?」という驚き。やっぱり先生はすごいんだなぁ、と漠然と感激したのを覚えています。
先生は「蕎麦が食べたいな~、食べにいこう!」とかいつもおっしゃってお元気でしたが、私はものすごく緊張して、先生の前ではビビッてましたね(笑)

先生みたいな凄い存在の方に直接会って、直接そのスゴさを感じることができたのは大きなショックでした。そういうレベルになるためにはどうしたらいいのか、そうなるには恐ろしく遠い道のりだなぁ、と感じました。もちろんいつもお世話になっている先生も素晴らしい方ばかりですが、桁外れな人物に直接ふれることができたというのが大きな衝撃だったんです。「先生が何をしたからスゴい」とか、「先生がこう言ったから分かった」とかではなく、先生の存在自体がショッキングだったんですよね。開眼したと言うか、「すごく頑張らなきゃ!」と思いました。

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1996年 若い人のための「サイトウ・キネン室内楽勉強会」弦楽合奏の様子。前列でチェロを弾いているのが工藤さん。 

SKOでは弦楽器がすっごい鳴っていて、
弦楽器のために耳栓しないとダメかなと思ったほど(笑)。

―工藤さんはその後、アメリカへ留学されますね。

ジュリアード音楽院に入ったのが20~21歳の頃でした。

―その後しばらくして、2014年(*2)からSKOにご出演いただきます。

お声がけいただけてすっごく嬉しかったです。最初のリハーサルは緊張しました。私は留学後もアメリカに残り、あまり日本に帰る機会もなかったので、"浦島太郎"みたいな感じだったんです。加えて、先生や先輩、同級生たちの中には私が高校生だった頃のイメージが強く残っていたので「え、あのすみれちゃんが30歳になったの?!」と驚かれて(笑)。馴染めるかな?と心配でしたが、みなさん広い心で受け止めてくださいました。懐かしい方ばかりで、北本秀樹先生や、(前出の)山本さんや古川さんといった大先輩方と一緒に演奏できることが嬉しかった。とても緊張しましたが、皆さんびっくりするほど優しかったですね。

何より驚いたのが、SKOの弦楽器のボリュームのすごさ! 私は15年にわたってニューヨーク・フィルハーモニックで弾いていますが、NYフィルは管楽器が大きいんです。そのボリュームがすごすぎて、私はいつも耳栓をしているぐらい。そうしないと弾けないんですよ(笑)。だけどSKOでは弦楽器がすごい鳴っていて、弦楽器のために耳栓しないとダメかなと思ったほど(笑)。素晴らしい楽器を持っていらっしゃる方ばかりなのに加え、一人一人の意気込みがすごくて、それに圧倒されました。最初のリハーサルで本当にびっくりしました。

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SKOでの初演奏となった2014年 オペラ「ファルスタッフ」のオーケストラリハーサルで、小澤総監督と久しぶりに挨拶する工藤さん。

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2014年 SKF。オーケストラ コンサートBプログラムのリハーサル風景。チェロ・セクション2列目が工藤さん。

―印象に残っている公演は?

2015年の「マエストロ・オザワ 80歳バースデー・コンサート」ですね。マルタ・アルゲリッチさんがピアノを演奏された、ベートーヴェンの合唱幻想曲です。
感慨深かったです。先生はあまり体調が優れない中だったと思うのですが、気力がすさまじくて、一瞬一瞬が奇跡のようでした。超が付くミラクルが今、自分の目の前で起きているという感じが本当にしました。「音楽を分かち合いたい」という気持ちが桁外れに強い方なんだなというのが伝わってきて、私はガクガクブルブルという感じで弾きました。
先生の気力は、指揮台に立っていらっしゃるだけで伝わるんです。たとえ体調が良くなくても、先生の耳は健在。ちょっとしたことでもすぐ聴こえるので、自分は変なミスをしないようにと気を張り、ガチガチになっていたのを覚えています。何か聴こえたらすぐ、ハッとした目線が先生から来る。「あぁ、先生の期待に応えないと」と強く思いました。

指揮者って、カリスマ性を"持っている人"と"持ってない人"がいるんですよね。NYフィルにも素晴らしい指揮者の方が何人もいらっしゃって、勉強になることばかりを経験させていただいていますが、やっぱり小澤先生みたいに本当に持っている人、何も言わないでも伝わる指揮者って、滅多にいらっしゃらないです。だから、先生にお会いできるフェスティバルは1年の中でも大切な時期であり、ハイライトという感じです。

―2015年にヴェリタス弦楽四重奏団(*3)を立ち上げられました。メンバーは全員、SKOに参加されている方ですね。

他のフェスティバル等で一緒になったこともあり、もともと島田真千子ちゃんと仲が良かったんです。昔、名古屋のしらかわホールに"フレッシュ・アンサンブル・しらかわ"というのがあって、二人ともそこのメンバーでした。原田幸一郎先生が指揮をされる、若い子を集めたアンサンブルだったんですがSKOのメンバーもたくさん乗っていらっしゃいましたね。そこですごく仲良くなりました。
2014年に私がものすごくドキドキしながらSKOに初参加した際、それまでは疎遠だったのに真千子ちゃんが声をかけてくれて、すぐに昔の感じが蘇りました。真千子ちゃんは20年近くSKOに参加しているから「何でも聞いて」みたいな頼れる感じで。
その時に、"出前コンサート"(*4)があるというお話を聞いたんです。私はNYフィルに入る前はカルテットで活動をしていたのですが、その後辞めてしまいました。けれど、私の中にある核の部分はやはりカルテットだという気持ちが強かったので「出前コンサートやる?」というお話を聞いたとき、なんでもいいから真千子ちゃんと一緒にカルテットをやりたいと言って共演したのがヴェリタス結成のきっかけです。その時はヴァイオリンが真千子ちゃんと後藤和子さん、ヴィオラが大島亮君でした。
岩崎潤くんとは、彼が子どもの時に「沖縄ムーンビーチ・ミュージック・キャンプ&フェスティバル」で出会いました。岩崎淑先生(ピアノ)と岩崎洸先生(チェロ)がやっていらっしゃったキャンプで、私も参加していたことがあったんです。潤君は先生方のご子息として来ていたんですよ。私よりもだいぶ年下ですね。それ以来ぶりに、こちらも2014年に松本で再会しました。真千子ちゃんとも気が合ったので、じゃあみんなでカルテットやろうかという話になったんです。

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2014年SKF「温ったか出前コンサート」。右から大島亮さん、工藤さん、島田真千子さん、後藤和子さん。

―ヴェリタスのお話は、以前インタビューした島田真千子さんもしてくださいました。「それぞれが、どんな音楽をやりたいのかが分かっていて、それが共通している。4人のキャラクターは全員バラバラなんだけど、音楽をやるとすっとまとまる」とおっしゃっていました。(島田さんのインタビューはこちら)

真千子ちゃんはインタビューに慣れてるから、うまいこと答えてますね(笑)。
私が思う「メンバーみんなが共通して感じていること」は、"心のふるさと"みたいな気分だと思うんです。自分が音楽家になる前の、まだ土に埋まっているような時代のフィーリング。フェスティバルやSKOに関わっている人たちが自分たちの基の部分だという感じが、全員に共通しているんだと思います。
潤君はアメリカ育ちだけど、日本に来たいという気持ちをとても強く持っています。それはただ外国に行って演奏するという気持ちとは全く異なり、自分のルーツがあるところに行って分かち合いたいという気持ち。私も外国に住んでるからこそ、余計にそういう気持ちがある。何か日本でやりたい、日本にいる仲間と分かち合いたいという気持ちです。
メンバーが持っている感覚は全員が違います。最初にみんなで弾いたとき、私は真千子ちゃんに「私が求めるセカンドヴァイオリンの役目」みたいな話を言った覚えがあって。自分の中にあった色んなリクエストを真千子ちゃんに伝えたんですが、場が険悪になることはなく、良いディスカッションになったんです。全員の耳の感覚・音を聴く感覚がピシッと合っているなと思いました。合う人と合わない人って結構いるんですよ。すごくエキサイティングなグループで、みんなが生き生きしていると思います。

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2014年SKF ふれあいコンサートのバックステージ。後藤和子さんが左に、島田真千子さんが右にいらっしゃる。

―2021年はどのプログラムで演奏予定ですか?

オーケストラ コンサートAプログラムとBプログラム、両方で演奏させていただきます。ふれあいコンサートIIにも出演させて頂きます。去年はフェスティバルが無かったので、皆さんに再会できるのが一番の楽しみです。松本の商店街の方々にも会いたいし! いつも絶対に行くお店もあるし、仲良くなって、一緒に温泉に連れて行っていただいたりという交流もあるんですよ。
Aプロを指揮される鈴木雅明さんとお会いできるのもとても楽しみなんです。鈴木さんがNYフィルにヘンデルのメサイアを指揮しにいらっしゃったことがあるんですが、メサイアを演奏するのは大体がクリスマスの時期で、私はヴェリタスの仕事で帰国していたので残念ながら参加できませんでした。アメリカに戻った後、鈴木さんが圧倒的に素晴らしかったというのをNYフィルの仲間たちから聞いているので、本当に楽しみです。素晴らしい指揮者の方がいつもいらっしゃるのも嬉しいですし、日本でご活躍されている素晴らしい音楽家のみなさまにお会いできるのも楽しみですね。

―ありがとうございました。

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2019年OMF オーケストラ コンサートのリハーサルより。

*1:長野県の奥志賀高原で夏に開催される、弦楽四重奏を学ぶための教育プロジェクト。現在は「小澤国際室内楽アカデミー奥志賀」というNPO法人として続いている。

*2:2014年サイトウ・キネン・フェスティバル松本
工藤さんはオーケストラ コンサートとサイトウ・キネン・フェスティバル松本 Gig、オペラ「ファルスタッフ」にご出演。
「オーケストラ コンサート」
2014年8月29日(金)、8月31日(日)、9月2日(火)
キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)
指揮:小澤征爾
モーツァルト:セレナード第10番変ロ長調K361(370a)《グラン・パルティータ》
ベルリオーズ:幻想交響曲Op.14 ―ある芸術家の人生のエピソード―

「サイトウ・キネン・フェスティバル松本 Gig」
2014年9月6日(土)キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)
指揮:小澤征爾、ディエゴ・マテウス(★)
プロコフィエフ:「ロメオとジュリエット」組曲より ★
モーツァルト:ディヴェルティメント第17番ニ長調K334(320b)より第3楽章メヌエット ゲスト:二山治雄(白鳥バレエ学園)
ガーシュウィン:ラプソディー・イン・ブルー
マーカス・ロバーツ・トリオ

ヴェルディ:オペラ「ファルスタッフ」
指揮:ファビオ・ルイージ
2014年8月20日(水)、8月22日(金)、8月24日(日)、8月26日(火)
まつもと市民芸術館・主ホール

*3:岩崎潤さん、島田真千子さん、小倉幸子さん、工藤すみれさんによる弦楽四重奏団。全員がSKOメンバー。

*4:フェスティバル期間中、SKOメンバーや出演者らが松本市内近郊の福祉施設や病院などを訪れ、無料の訪問ミニ・コンサートを開催するオープンイベントの一つ。工藤さんがご出演されたのは、2014年9月3日に松本市新村にある、障害者施設第2コムハウスで行われた温ったか出前コンサート。

2021年6月収録
聞き手:関歩美(OMF広報)