ワルター・フォーグルマイヤーさん(トロンボーン)
2012年からSKOで演奏し、過去2度の国内ツアーを行ったSKOブラス・アンサンブルのメンバーとしても活躍しているトロンボーン奏者のワルター・フォーグルマイヤーさん。ロックダウン中(インタビュー時)であるオーストリアの首都ウィーンからリモートインタビューに答えて頂きました。満面の笑顔が印象的なフォーグルマイヤーさんが語る「音楽のすばらしさ」とは? また、このインタビューにあたって貴重なお写真・動画もたくさんシェアして下さいました。ページ下部でご紹介していますので、そちらもあわせてお楽しみください。
芸術がなくなってしまうと、世界はとても静かになってしまう。
―今日はどうもありがとうございます。ウィーンはロックダウン中ということですが、所属されているウィーン交響楽団のご活動はいかがですか?
オーケストラのファンや、公演を見に来てくださっていたお客さんとつながりを保てるように、毎週金曜日の夜に45分間の演奏をストリーミング配信しています。前回はハイドンの交響曲と、指揮者やソリストたちの短いインタビューを配信しました。格式ばったものではなく、かなりカジュアルな内容でね。でもこれは、文化や音楽をつなげていくのにとても大切なことだと思っています。人々は、文化や音楽、芸術家、作家たちに対して、常に大きな関心を払っているわけではありません。でも芸術がなくなってしまうと、世界はとても静かになってしまう。ラジオを聴いても、テレビをつけても、本を開けても中身が無い。そんな世界になってしまいます。
―確かにそうですね。ではまず、フォーグルマイヤーさんがトロンボーンを始めた経緯を教えて下さい。
僕はオーストリアの田舎町で育ったのですが、その町にはマーチやポルカ、ワルツといった伝統的な音楽を演奏する傍ら、交響曲も少し取り上げるようなブラスバンドがいました。僕の父がそのブラスバンドの指揮者だったので、幼い頃からブラスバンドの演奏はよく聴いていました。音楽が聴こえると「何かやってる!」とすぐに反応して、家から飛び出してブラスバンドを探したものです。
そのバンドの中で特に僕の興味を引いたのが、トロンボーンでした。8歳の時、父親にトロンボーンを習いたいと言ったのですが、「今はまだ腕が短すぎるな。まずはユーフォニアムか、バリトンホルンはどうだ。腕が十分長くなったら、トロンボーンに変えれば良い」と言われました。今では、ユーフォニアムを幼い頃に演奏したのはとても良い経験になっていると感じています。
―トロンボーンに転向したのはいつ?
いつも腕の長さを測って、いつ転向できるか待っていましたよ(笑)。12歳ぐらいのときにトロンボーンに転向しました。ユーフォニアムは、4年間演奏しましたね。
―トロンボーンはどうやって習ったのですか?
オーストリアにはとても優れた音楽教育のシステムがあります。世界の中で見ても、とても珍しいと思います。国の文化予算の50%が音楽教育のシステムにつぎ込まれていて、楽器を習いたいと思う子どもが、安価で音楽学校に通えるようになっています。楽器を習うのにお金持ちである必要はありません。このシステムのおかげで、楽器の習得が金銭の問題ではなくなりました。
オーストリアの中でも特に優れた音楽教育システムを持っているオーバーエステライヒ州からは良い音楽家が多く輩出されています。良い教育、良い先生、素晴らしいチャンスを幼い頃から受けると、実になる可能性はぐんと高まります。家族の誰かが音楽家になる可能性も高い。それって、お金で買えない価値だと思うんです。
オーストリアはドイツとは違い、小さな国です。オーケストラも多くはありません。僕たちは音楽教育に力を注いでいますが、教育を受ける全員に、オーケストラに入れるほど上手になって欲しい、とは思いません。家族に一人ぐらい音楽に通じている人がいたら、人生はちょっと豊かになると思いませんか?音楽の喜びを味わうために、全員がパガニーニのソナタを弾く必要はないんです。「この旋律が弾けた」「デュエットで演奏が出来た」といったことに幸せを感じます。音楽を一緒に探求していくことが面白いんです。楽譜に書かれた黒い点々の間に、何があるんだろうと考える。これはプロでもアマチュアでも同じです。人生を豊かにしてくれる要素だと思うんです。
オーケストラに入るため、ソリストになるためだけに楽器を習得するのは間違っていると思います。音楽はとても個人的に、小さな空間でも楽しめて、パワーをもらうことができる。これが音楽の素晴らしいところです。
―音楽を続けていこう、と決めた理由は何ですか?
ユーフォニアムとトロンボーンを演奏するのが大好きだったのですが、音楽を自分の仕事にしようとは思っていませんでした。そんなレベルではない、と思っていたんですよね。僕の両親は小さなレストランを経営していたので、それを継ぐ予定でした。経営について学校で3年間学んで、というプランを立てていたんです。
僕にはフルート奏者の兄(ギュンター・フォーグルマイヤーさん。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団にてフルート奏者として活躍。享年43歳)がいたのですが、僕がレストランの経営を学ぶ学校に入る2日前に家に帰ってきて、二人で飲みに行ったんです。すると兄が飲みながら「今日お前の練習を聞いたけど、なかなか悪くなかったぞ。音楽を勉強したいとは思わないのか?」と言うんです。目の前に降ろされていたカーテンがバッと開いたような感じでした。音楽を勉強するというのは、僕の中では選択肢としてなかったんです。
翌日、つまり経営学校に入学する前日に、いかに僕に才能があって、真剣に音楽を勉強するべきかを、兄が両親に説明してくれました。父はブラスバンドの指揮者だったので喜びましたが、母はちょっと怪訝な表情でしたね。すでに兄がウィーンで音楽を勉強していたので、「二人目もか!」と思ったのだと思います。ウィーンは都会だし、田舎からすれば"危ない街"というイメージでしたから(笑)。
でも両親は僕の挑戦を認めてくれました。まず取り掛かったのは、ウィーンの教授に連絡をとって、僕の演奏が本当にモノになるのかどうか見極めてもらう、ということでした。オーディションのようなことです。「とても気に入った。教えてあげよう」と言って頂き、僕の音楽の旅が始まりました。
2012年SKF 初出演時のフォーグルマイヤーさん(写真中央)。右隣は尊敬する呉信一さん。
他のオケが最後に到達するようなポイントから練習が始められるんですから。
―フォーグルマイヤーさんがSKOで初めて演奏されたのは2012年でした。初年度のことを覚えていらっしゃいますか?
もちろんです。松本という土地で素晴らしい音楽祭が開催されている、ということは以前から知っていました。夏は自分が所属しているオーケストラのフェスティバルもあったのですが、同僚の理解もあり、松本に来ることができました。演奏したのは、オネゲルのオペラ『火刑台のジャンヌ・ダルク』、R.シュトラウスのアルプス交響曲でしたね。
1回目のリハーサルからぶっ飛びました。「え、これからまだ何か改善できるの?」って感じ(笑)。メンバーのみんなが"SKOで演奏するのがいかに幸せで特別なことか"と思っているのを感じるんです。これはすごいことですよ。でもこの感覚は、松本では普通なんですよね。あんなにたくさんのコンサートマスターがファースト・ヴァイオリンのセクションに座っているオーケストラは見たことないです(笑)。そしてみんな、しっかりと準備をしてきている。これは、指揮者にとっても素晴らしいことだと思うんです。他のオケが最後に到達するようなポイントから練習が始められるんですから。
―小澤総監督の指揮で初めて演奏したのはいつですか?
フェスティバルで一緒に演奏したのは、2017年ベートーヴェンのレオノーレ序曲 第3番でした。素晴らしかったです。もう20年以上も前に、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団で彼の指揮で演奏したことがありました。楽団員に欠員が出たので、僕が演奏したんです。指揮台に立つ彼を見て...なんと言ったら良いか...彼は僕にとってのジェダイです。人生の中で出会った中でも、最も優しい人ですね。様々な事、すべての人に対してオープンな心を持っています。特にSKOとの絆は特別ですよね。50年、60年、70年近く一緒に演奏してきた仲間たちが彼の周りにいて、オーケストラとして演奏している。指揮者とオーケストラが持つ普通の関係性ではありません。一つの生命体なんです。小澤さんは話す必要がありません。小澤さんが指揮を始めれば、全員がそれについていく。まるでそれが、世界で最も自然なことであるかのように。
僕が松本に来てから小澤さんが指揮台に立つことは少なくなりましたが、それでもリハーサルには顔を出して下さるし、蕎麦パーティにもいらっしゃいます。いつも僕たちの側にいて、その素晴らしいエネルギーを僕たちにシェアしてくださっていると感じています。
―2012年のリハーサル風景を撮った映像を見返していたのですが、小澤さんが金管パートに「最大限で吹け!」と指示していて、それを聞いたフォーグルマイヤーさんがとっても嬉しそうでした。
たいていの場合、指揮者の方からは「金管がうるさい。もっと押さえて」と言われます。だから、その逆を言われて面白かったんだと思います(笑)。「彼こそ僕の指揮者だ!やった!」ってね!
―もっとも記憶に残っているSKF・OMFの公演は何ですか?
マーラーの交響曲第5番(2015年)と第9番(2017年)かな。毎回がとても特別な演奏会なので選ぶのが難しいです。どちらも指揮はファビオ・ルイージですが、彼は以前ウィーン交響楽団のシェフだったので、再び彼と一緒に演奏出来てとても嬉しかったです。ウィーンはマーラーの演奏では伝統がありますから、不確定な要素がたくさんあるように感じるマーラーと日本人のメンタルがどう響きあうのか興味がありました。
特に第9番については、最後の音が終わった後の"静寂"が特徴ですよね。最後の音が消えても、誰も「ブラヴォー!」とは叫ばない。全員がその緊張感を味わって、10秒、20秒、30秒近くの長い間、その静寂をかみしめる。この静寂が、さらに演奏を高めるんです。松本でのこの時間はとても特別なものでした。
マーラーの交響曲は、どの回も特別な経験です。きっとそれは、SKOの素晴らしい金管メンバーのおかげだと思います。国際色豊かなメンバーがそろうグループって、珍しいと思うんです。全員が違う教育を受け、違うテイストを持っていて、表現したいことも違う。その違いこそ、美しさだと思います。
アメリカ流だろうとヨーロッパ流だろうと、短い時間の中で一つの生命体を作ること。それが大切です。グループの中に一人でも「この曲は100回演奏したし、僕はカンペキさ」みたいな人がいたら、調和は創れません。全員がオープンであり、知識があり、そして"僕たちはひとりじゃない"という意識を持っていることが必要です。
自分たちの可能性を引き出せるのは、グループで演奏するからです。SKOのブラスメンバーで吹くのは、本当に素晴らしい経験です。例えばトロンボーン・セクションで一緒の呉信一さん。彼はたくさんのオーケストラで演奏してきた経験があり、すべてを熟知しています。それでも、どのプログラムであっても好奇心を絶やすことなく、学び続け、常に最高を目指そうとしている。こういう姿勢を持ったメンバーがグループにいるのは、とても大きな財産だと思います。こう感じていたからこそ、SKOブラス・アンサンブルが生まれました。
2015年OMF ファビオ・ルイージ指揮のマーラー:交響曲第5番 嬰ハ短調。写真左奥(シンバルの前)がフォーグルマイヤーさん。フェスティバル最多出演ゲストコンダクターであるルイージはマーラーを多く取り上げ、これまでに4回、SKOとマーラーの名演を繰り広げている。
一緒に成長し、ヨーロッパと日本の音楽家が一緒に演奏するからこその強さが生まれました。
気心知れたサイトウ・キネン・オーケストラ ブラス・アンサンブルのメンバー。
写真提供:ワルター・フォーグルマイヤーさん
―SKOブラス・アンサンブルの特色は何だと思いますか?
友情だと思います。これは必ず言いたかったのですが、こんな特別な感情を持てたことを、とても光栄に感じています。自分が所属しているオーケストラで来日公演をすることは多いですし、日本はいつも魅力的な土地で、食べ物もおいしいし、日本の皆さんにも信じられないぐらい親切にしていただいています。ですが、やはり何か壁がある。きっと、尊敬と丁寧さからくる壁だと思います。SKOブラス・アンサンブルは、ヨーロッパの演奏家と日本の演奏家という、珍しいアンサンブルですよね。何年も一緒に演奏するうちに信頼関係が築け、そこには僕が感じていた小さな壁すら存在しないんです。本当の友達になれたと感じています。これは言葉では言い表せない、大きなプレゼントをもらったと感じています。僕たちは、楽器や音楽を通じてコミュニケーションをとることができます。一緒に成長し、ヨーロッパと日本の音楽家が一緒に演奏するからこその強さが生まれました。これは、僕にとってプライスレスな経験です。
―フォーグルマイヤーさんといえば、素敵な笑顔がトレードマークだと思います。どんな時が一番笑顔になれるタイミングですか?
リハーサルは好きじゃないんです。リハーサルはなんていうか、みんなが何をどうすべきかの確認のためにやっているようで。特にゲネプロは大嫌いです(笑)。ストレス過多になるし。本番の演奏会は大好きですよ。みんなガラッと雰囲気が変わります。集中力が高まり、その瞬間に何かを生み出そうとする。何でもできるような気分になります。その気分こそ、コンサートを特別なものにするんでしょうね。お客さんにもそれが伝わるんだと思います。そうじゃなかったら、みんなCDを聴いて満足すると思うんです。もちろん、CDの録音技術はどんどん上がって素晴らしいですが、ナマのパフォーマンスに敵うものはありません。振動が伝わって、音楽のパワーを直に感じることができる。コンサートに来るお客さんは、お客さん自身も別人になれると思うんです。コンサートが終わってからも、音楽の力は生き続ける。翌日でも、1週間後でも、1年後でも、お客さんの心に生き続ける。「あぁ、3年前にあんな素晴らしい演奏会に行ったな」と思い出してもらえる。とても嬉しいことです。
松本では、コンサートの後も楽しい時間を過ごさせていただいていますよ。僕が笑顔になる時はたくさんあります。食べているとき、良い仲間と一緒に居るとき、松本のチームの一員でいられるとき。たくさんです。
―ありがとうございました。
SKOブラスのメンバー、ハンス・シュトレッカーさん曰く「SKOブラスチームのオフィス」という松本の中華レストラン「香根」さんにて。フォーグルマイヤーさんの地元オーストリアの曲を演奏したかったそうで、わざわざ楽譜(テーブルの上に注目)も持参する周到さ。「美味しい野菜がいっぱい使われていて、とっても美味しいんだ!麺もその場でうつんだよ」とフォーグルマイヤーさん。
写真提供:ワルター・フォーグルマイヤーさん
インタビュー収録:2020年11月
聞き手:OMF広報 関歩美