Interview
インタビュー

遠藤真理さん(チェロ)

サイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)の参加の前に、小澤征爾音楽塾や、若い人のための「サイトウ・キネン室内楽勉強会」(現:小澤国際室内楽アカデミー奥志賀)にも参加経験を持つ遠藤真理さん。高校生の頃から小澤総監督をはじめとするSKOメンバーに指導を受け、大学生の時に初めてSKOメンバーとして演奏。昨年、オーケストラ コンサートとふれあいコンサートIにご出演され、久しぶりに松本に帰ってきて頂きました。

遠藤真理さん

"一音の大切さ"を熱心に教えて下さっていた、そんな一流の先生方が、
何においても手を抜かない姿に感動しました。

-長野県の奥志賀高原で夏に開催される、弦楽四重奏を学ぶための教育プロジェクト「サイトウ・キネン室内楽勉強会」に、高校生のときから参加されていたんですね。

そうです。私が参加していた頃は、オーディションに受かれば3回までこのアカデミーを受講できて、高校1年~3年の時に受講しました。大学生の1年か2年生の時、アテンダントと言いますか、オーディションを受けずに受講できる形で招いて頂きました。この時に、奥志賀での勉強会のあとに松本に移動して、そのままフェスティバルにも参加させて頂き、SKOで初めて演奏させて頂きました。それが、2002年でした。(*1)

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2002年SKF 若い人のための「サイトウ・キネン室内楽勉強会」 奥志賀高原 森の音楽堂での公演の様子。ファーストヴァイオリンは、その年の講師も務めたSKOの豊嶋泰嗣さん。

-ブリテン オペラ:『ピーター・グライムズ』ですね。 初参加の印象や、SKOで演奏する、と聞いた時のご感想は?

小澤征爾音楽塾にも参加させて頂いていたので、オペラでの演奏はそこで経験していました。ですが、自分が(奥志賀で)高校1年生の時から教えてもらっていた先生方がSKOのメンバーで、"一音の大切さ"を熱心に教えて下さっていた、そんな一流の先生方が、何においても手を抜かない姿に感動しました。そして小澤先生もバリバリ、エネルギーに溢れていて、"オーケストラとは"というのを、もの凄い熱量をもって教えて下さっていました。その認識があった上で、憧れのSKOからのオファーでしたので、期待と緊張と、色んな感情がありましたね。

-2019年OMFのハイライトのひとつ「ふれあいコンサートI」(*2)の話をお聞かせください。

前述のように、私は奥志賀や音楽塾の参加経験もあるので、小澤さんがお若くて、エネルギーに満ちている印象が強かったんです。野心に溢れていて、毎回の公演をより良いものにしよう、という意気込みがすごかった。決して威圧的ではないのですが、大きな風の中に私たちを巻き込んでいって、自分たちが今まで経験したことがなかったような力を引き出してくれる、そんな勢いを感じていました。
そのイメージが強かったのですが、去年お会いした小澤先生からは、野心とか、無駄なものが全く削ぎ落とされていて、ご自身が今まで培われてきた大切なものだけが残っている、という感じに私は受け取ったんです。「こんなに研ぎ澄まされていくのか...」というのを目の当たりにした経験は、すごく感動的でした。そこに先生が座っていらっしゃって「はい、音を出してね」って言ったときから、勝手に色んなものが動くというか。不思議で、そして貴重な体験でした。

-遠藤さんは、小澤総監督の目の前の席で弾いていらっしゃいました。

そうですね......昔だったら、汗のしぶきが飛んでくるくらいの距離感や「うわっ」と思ってしまう圧力を感じたと思うんですけど、違いました。椅子にちょこんと腰掛けられた小澤先生のお体自体は小さいし、物理的には目の前にいらっしゃるんですけど、すごく遠くに感じたんですよね。不思議な引力で引き寄せられるみたいな感じがあって、正直、あまり距離は感じませんでした。

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2019年OMFふれあいコンサートIからの1枚。小澤総監督の向かいが遠藤さん。

-共演した、小澤征爾スイス国際アカデミー(*3)の印象は?

私は、小澤先生が指揮をされた弦楽合奏と、エネスクの弦楽八重奏曲に参加をしました。スイスのメンバーは、アカデミー生と言うよりは、すでに一流のオーケストラのポジションを持っていたり、(ソリストや室内楽奏者としての)経験を踏まえた人たちでした。スイスで練習と公演を重ねてから来日されたので、日本に来てからのリハーサル期間はとても短かったのですが、とにかく素晴らしいメンバーでした。演奏もそうだし、アンサンブルというものにかける熱もすごかった。もちろん、ある程度でき上がっている中に入るのは勇気が要りますが、入れてくれる懐の広さがありました。それが音楽の良さだと思うのですが、言葉を超えて、その場での空気をみんなで分かち合おうみたいなのが、とても強かったと思います。
日本でやるチェンバー・オーケストラって、"自分の思っていることを出す"よりは、"アンサンブルをしよう"という感じが強くて、ちょっと控えめになる部分があると感じています。でもスイスの子たちは「私はこう思う」「ここは私が出す」みたいな意見のぶつかり合いがあって、すごく新鮮で、音楽に対しての前向きな姿勢がすごいなと感動しました。この姿勢って、やっぱり大事なことですよね。仕事モードに引きずられてしまうと「はいはい、合わせますね」みたいな感じになっちゃうんですけど、やっぱりそうではないというのを、なによりSKOで教えてもらったと思います。

本当に大切なところをサイトウ・キネンの勉強会では教えてもらいました。

-2019年の前にご参加頂いたのは、約10年前の2008年でした。久しぶりに松本の街やフェスティバルを経験して、昔と違う印象は受けましたか?

学生時代は"夏といえば松本"という生活を送っていたので、すごく懐かしい気持ちで松本に来ました。街全体が、SKOやフェスティバルに対してのウェルカムという雰囲気にあふれていて、至る所にポスターも貼ってある。温泉に入れるパスなども頂けて、街をあげて喜んで受け入れてくれている感じが「あぁ今年もそうなんだ!」と嬉しかったです。豊かな自然はもちろんのこと、食事もおいしい。(楽屋付近に並ぶ)ケータリングも、ボランティアの皆さんがいつもたくさんご用意して下さって、それも嬉しかったです。久しぶりに参加した「そばパーティー」も、あんなに盛大に続いているとは驚きました! そういったところが、変わらない温かさだなって思いました。
あと特筆すべきは、SKOのメンバーです! みなさん歳を取らないですよね(笑)。もちろん新しい方もいらっしゃいましたけど、昔からのメンバーは全然変わってない方ばっかりで。これも音楽の魔法だと思います。

-指導者としての"小澤征爾"とは?

小澤先生は、音楽に対しての妥協がありません。「なんであんなに一生懸命になれるんだろう?」と思いながらも、小澤先生が言うように弾くと、やっぱり音楽が生き生きとするんです。これを経験できたので、音楽に無駄な音は無いというのを、非常に学ばせて頂きました。小澤先生が持つ、若い人たちを育てようという気持ちが本当に強いんだと思います。

これはまだ誰にも話したことがないのですが、チェリストのムスティスラフ・ロストロポーヴィチさんがいらっしゃった時、リハーサルをしていると、小澤先生が「真理ちゃん、スラヴァ(ロストロポーヴィチさんの愛称)にレッスン受けたらいい」って言って下さったんです。「え?いいんですか?」って驚きましたが、楽屋でロストロポーヴィチさんのレッスンを受けさせてもらいました。一対一です。その時はバッハをみてもらったんですけど、あの...何を言われたかは覚えていないんです。ただ、ロストロポーヴィチさんがすっごくいっぱいしゃべっていた、というのは覚えていて、身体でその情熱を感じましたね。これは先生の皆さんに通じるところですが、若い人たちに音楽の良さを伝えるという情熱がすごい。小澤先生が軽い感じで「レッスン受けたらいい」って言って下さったのが、本当にありがたかったです。

-小澤総監督から受けた指導で、今でも念頭に置いていることはありますか?

チェロという楽器はソロ楽器でもありますが、オーケストラや合奏では支えることがメインになります。例えば、トントントントンって弾くだけでも、その音を生き生きとさせればバス(低音)からメロディーに伝わるものがたくさんあります。ただタンタンタンタンって弾くだけではなく「それを弾いている時、ヴァイオリンの音を聴いて!」というような指導を受けました。これはアンサンブルの基本ですが、それがどれだけ大切かということを、身をもって教えてもらいました。
日本の教育のシステムだと、主にソリストを育てるんですよね。学生時代はコンチェルトやソナタばっかり、難しい技巧的なものばかり練習しますし。もちろんコンクール等ではそれも必要なんですが、だけどやっぱり「音楽はそれだけじゃないのにな」っていうところがあって。だから、本当に大切なところをサイトウ・キネンの勉強会では教えてもらいました。

いま、私は読売日本交響楽団に所属していますが「なんで読響に入ったの?」と、よく聞かれます。そんな時、音楽に立ち返ってみると合奏やオーケストラでチェロが土台となって演奏されること、そして、我々バスがきちんと演奏すれば、どれだけメロディーが生き生きと活きるか、というのを教えてもらった経験があったからこそ、オーケストラでやってみたいという気持ちになったんだろうな、と思います。あの経験がなければ興味を持てなかったと思いますし「オーケストラに入るメリットってなんだろう?」って考えていたと思うんです。でも、音楽ってそうじゃないんだなっていうのを、若いうちから経験できたことは大きかったし、ラッキーだったと思います。

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2019年OMFふれあいコンサートI 演奏後の1枚。

-強く印象に残っている公演は?

どれも印象に残っているんですが、うーん...そうですね、去年の「ふれあいコンサートI」は、久しぶりに小澤先生の指揮を見られて、とても嬉しかったですね。実は、ふれあいコンサートの出演依頼を頂いた経緯がちょっと面白いんです。2019年の5月に、マルタ・アルゲリッチさんと小澤さんが水戸室内管弦楽団の公演で共演されましたよね。その時、アルゲリッチさんと小澤さんに花束を渡す"花束ガール"を、私の娘がやらせてもらったんです。その時に、久しぶりに原田禎夫先生とかにお会いして、それで(SKOに加え)ふれあいコンサート出演のお話も頂きました。とてもありがたかったですね。

あと記憶に強く残っているのは、2000年の「マエストロ・オザワ 65歳祝賀 チャリティ・コンサート」。それと、病院や福祉施設にお邪魔して演奏する「出前コンサート」も印象深いです。フェスティバルですごく大事にされている行事ですよね(*4)。"音楽をお届けする"という意味でも大事ですし、こういった活動を大切に継続されているのは、このフェスティバルならではで素晴らしいと思います。

―ありがとうございました。

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2002年SKF温ったか出前コンサート。手作りの歓迎ポスターが嬉しい。

*1:遠藤さんが初めてフェスティバルに出演したのは、2000年の「マエストロ・オザワ 65歳祝賀 チャリティ・コンサート」。遠藤さんを含む「サイトウ・キネン室内楽勉強会」のメンバーとSKOメンバーが出演し、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチさんの指揮により、ハイドン:チェロ協奏曲などを演奏。
*2:2019年「ふれあいコンサートI」。小澤征爾スイス国際アカデミー(22名)と、SKOの室内楽勉強会のOBらが出演。講師を務める原田禎夫さん(チェロ)を含む全員で演奏したベートーヴェン:弦楽四重奏曲第16番より第3楽章(弦楽合奏版)は、サプライズで小澤総監督が指揮をした。
*3:小澤総監督が2005年にヨーロッパ/スイスで始めた、主に弦楽四重奏を学ぶためのアカデミー。モデルは奥志賀での室内楽勉強会。フェスティバルには2018年に引き続き、2度目の招聘。
*4:オープンイベントの一つとして長年続けている訪問コンサート。SKOメンバー等が松本市近隣や長野県内の病院、福祉施設、介護施設などにお邪魔し、ミニ・コンサートを開催する。

インタビュー収録:2020年7月
聞き手:OMF広報 関歩美